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『ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後』
ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(上) (新潮文庫)
塩野 七生

ローマ人の物語〈11〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(上) (新潮文庫)
ローマ人の物語〈12〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(中) (新潮文庫) ローマ人の物語〈13〉ユリウス・カエサル―ルビコン以後(下) (新潮文庫) ローマ人の物語〈10〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(下) (新潮文庫) ローマ人の物語〈9〉ユリウス・カエサル ルビコン以前(中) (新潮文庫) ローマ人の物語〈14〉パクス・ロマーナ(上) (新潮文庫)
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カエサルがルビコンをわたった後(BC49)からアクティウムの海戦後(BC30)まで。

ローマには常駐の軍がない。
軍勢を率いてルビコンをわたったカエサルに対し、ポンペイウスや反カエサルの元老院議員らは逃げるしかなかった。
ポンペイウスはアドリア海を渡り東方へ脱出する。
イタリア半島内でポンペイウスに追いつけなかったカエサルは、一度西へ目を向ける。
ガリアは自分の勢力下だが、スペインと北アフリカがある。
ローマ帝国の東方はすべてポンペイウスの地盤と言って良い。
東方のポンペイウスと対決するには後顧の憂いをなくす必要があった。

ところで、古代のギリシアもローマも、軍務は市民の義務であった。
資産を持つ市民が、直接税の代わりに共同体に対して果たす義務であった。
奴隷には兵役は課されない。
マリウスが軍役を志願制に変えたが、ローマ市民権所有者のみが資格を持っていた。

北アフリカ戦線では配下のクリオが戦死したものの、カエサルはアドリア海をわたる。
ギリシアへ渡ったカエサルは苦戦を強いられドゥラキウムで撤退を余儀なくされる。
この時のあまりの撤退ぶりからポンペイウスはカエサルの策略を疑い追撃しなかったという。
このため九死に一生を得たカエサルは軍勢を整え、改めてファルサルスにてポンペイウスと決戦し、勝利する。

ドゥラキムでの敗戦時、カエサルは兵たちを叱った。
通常、敗戦の責任は指揮官に属し、兵を責めるものではないだろう。
塩野先生曰く、
---人間は、気落ちしているときにお前の責任ではないと言われると、ついほっとして、そうなんだ、おれの責任ではなかったのだ、と思ってしまうものである。こう思ってしまうと、再起に必要なエネルギーを自己生産することが困難になる。ついつい、指導者の判断待ちという、消極性に溺れこんでしまうものだ。カエサルは、これを避けたかったのだと思う。責任はお前たちにある、と明言することで、兵士たちが自分自身で再起するよう指導したのだと思う。---
これはカエサルだからできたことだろうと思う。
カエサルほどの実績あればこそ。
さほどでもない人物が単に真似事をすればかえって兵の反発を招き士気の低下を招かないかと。

ポンペイウスはエジプトに逃れるが、暗殺された。
エジプトはローマと関わりあいたくなく、亡命してきた過去の英雄ほど困った存在はなく、手に余る存在だったからだという。
これを受けたカエサルはエジプトに入国、内紛を調停したのち、帰国する。
なお、このときクレオパトラに出会っている。
カエサルは、ポンペイウスを生きて捕らえた場合どう処するつもりだったのだろう。
一方を脅かすほどの能力を持っていたり、担がれる因縁があったりするような人物の扱いほど難しいものはないように思う。
共に歩むことができればよいがそれも難しく、内乱のもととなりかねず結局その存在を消すしかない。
人間にとってはそれは死しかない。

カエサルは、ポンペイウス派の残党への対応と、いよいよ唯一の権力者となって国政改革に手を付ける。
国政について一つ一つ述べるのは大変だし、面白味がない、というか面白く書けないので大幅に割愛する。
戦って勝った負けたという話は分かりやすいのだが、内政の話はなかなか書きづらい・・・。

ローマはもはやイタリア半島のみを統治するのではなく、スペイン、ガリア、イタリア半島、アドリア海沿岸、バルカン半島、小アジア、エジプト、北アフリカと地中海を丸ごと内包する領域を持つに至っている。
これを統治するためには元老院中心の寡頭政では機能しないと判断し、独裁官に就任する。
属州の再編も行い、増えた属州の総督を務める資格を持つ者を増やすために法務官(プラエトル)らを増員。
経済の活性化のために通貨改革、金融改革を行う。
元老院、騎士階級だけでなく、解放奴隷も登用する。
この時代の奴隷は、単純労働として使役される存在ではないことは以前述べたとおりである。
首都の再開発も行い、街道・上下水道の整備を行う。

そしてカエサルはパルティア遠征を計画する。
カエサルのローマ防衛線構想は北はライン川、東はユーフラテス川だったので、クラッスス親子が戦死したカルラエの戦い以来のパルティア問題の処理は必須であった。

しかし、これは実現せずに終わる。
BC44年、元老院派、のみならずカエサル配下の者たちにより、カエサルが暗殺された。
カエサルが王位を狙っている、というのが表向きの理由だった。

スッラは、敵をすべて粛清したことで安全を得た。
カエサルは、戦闘以外で殺しはしなかった。
しかし、生き延びた人々は、命を助けられ、取り立てられ、後ろめたさを感じる。
後ろめたさの向かう先がカエサルの暗殺となった。
カエサルの暗殺についてイタリアの教科書にはこう書いてある。
「懐古主義者たちの自己陶酔がもたらした、無益どころか有害でしかなかった悲劇」

カエサルを暗殺した人々は、その後のローマの運営を全く考えていなかった。
殺した後も右往左往していただけである。
この頃、カエサル派の有力者としてはアントニウスがいた。
しかしカエサルの遺言状には誰も知らないオクタヴィアヌスが後継者として記されていた。
このときオクタヴィアヌスは18歳。
アントニウスは自分こそカエサルの後継者たらんとして暗殺者たちを滅ぼしていく。
オクタヴィアヌスは若くして忍耐と偽善を知っていて、世論を味方にしつつアントニウスとともに暗殺者を滅ぼす。
アントニウスは若造ならとるに足らずと思っていたのかもしれないが、オクタヴィアヌスの力を無視できなくなり、バランスをとるために誘い込まれたレピドゥスを含めた第二次三頭政治が成立する。
これは、絶大な力を持っていたポンペイウス、まだ正面切っての対決に踏み切れなかったカエサル、バランスをとるために誘われたクラッススの第一次三頭政治と全く同じ構図である。
アントニウスは自分がポンペイウスの立場にあることを気付かなかったのか。
あるいは気付いていても、ポンペイウスを滅ぼしたカエサル側にいたことからの余裕あるいは慢心があったのか。

エジプトではカエサルを失ったクレオパトラがアントニウスに近づき、東方での勢力を拡大しようとしていた。
このことは、ローマはローマ市民のものであり、東方のものではないと考えるローマ市民の反発を招き、アントニウスの勢力を減退させることとなった。
カエサルの死から10数年、自重し、勢力拡大に努めたオクタヴィアヌスはついにアントニウスをアクティウムの海戦で破り、ローマの第一人者となる。

ガリア遠征時のカエサルの副官はラビエヌスで、カエサルが最も信頼を置いたとされる。
しかし彼はポンペイウスのクリエンテスであったため、カエサルがルビコンをわたる際に、ポンペイウス側へ奔った。
後に、カエサルと戦い、敗死。
カエサル配下は他にはブルータス、クリオ、アントニウスといった面々が並ぶ。
ブルータスは後にカエサル暗殺に加わるも、カエサルの後継者たちに破れ、敗死。
クリオは北アフリカで戦死。
アントニウスは反カエサル派を破るも、オクタヴィアヌス(後のアウグストゥス)にアクティウムの海戦で破れたのち、自死。
そうして最後に残ったのは、カエサルが見込んだオクタヴィアヌスただ一人となった。

こうしてローマは共和政から帝政へと移行していく。
次巻。



メモ。

人間にとっては、ゼロから起ちあがる場合よりも、それまでは見事に機能していたシステムを変える必要に迫られた場合のほうが、よほどの難事業になる。後者の場合は、何よりもまず自己改革を迫られるからである。自己改革ほど、とくに自らの能力に自信をもつのに慣れてきた人々の自己改革ほど、むずかしいことはない。だが、これを怠ると、新時代に適応した新しいシステムの樹立は不可能になる。
(文庫版12巻109ページ)

孤独は、創造を業とする者には、神が創造の才能を与えた代償とでも考えたのかと思うほどに、一生ついてまわる宿命である。それを嘆いていたのでは、創造という作業は遂行できない。
(文庫版12巻115ページ)

カエサルの発言
「どれほど悪い結果に終わったことでも、それがはじめられたそもそもの動機は善意によるものであった」
(文庫版13巻39ページ)
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