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『ローマ人の物語〈17〉悪名高き皇帝たち』
ローマ人の物語〈17〉悪名高き皇帝たち(1) (新潮文庫)
塩野 七生

ローマ人の物語〈17〉悪名高き皇帝たち(1) (新潮文庫)
ローマ人の物語〈18〉悪名高き皇帝たち(2) (新潮文庫) ローマ人の物語〈19〉悪名高き皇帝たち(3) (新潮文庫) ローマ人の物語〈20〉悪名高き皇帝たち(4) (新潮文庫) ローマ人の物語〈16〉パクス・ロマーナ(下) (新潮文庫) ローマ人の物語〈15〉パクス・ロマーナ(中) (新潮文庫)
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ティベリウス(AD14-37)、カリグラ(37-41)、クラウディウス(41-54)、ネロ(54-68)。

アウグストゥスはカエサルから後継者として指名されたことで、第一人者としての“正統性”を持っていた。
アウグストゥスは、帝政を継続するために、後継者の血統にこだわった。
自分の血統であることを“正統性”にしようとした。
ティベリウスは、名門クラウディウス家の出自であるが、そのような“正統性”がなかった。
そのため彼もまた第一人者の地位にあることに慎重であった。
カエサル、アウグストゥスが築いた帝政を根付かせることが彼の役割であり、アウグストゥス同様忍耐の求められるものだった。
市民・元老院を刺激してはとても為し得ない。

アウグストゥスの40年の治世で作られた基盤を、メンテナンスしながら継続していくという地味な役回りを持ったティベリウスだったが、彼はその任に適していた。
政治とはパフォーマンスではない。
平和は不断の努力なくして成り立たない。
インフラも、システムも、国防も、すべてに目を配り、修復すべき点は速やかに修復することの連続である。
生じた問題を解決するのではなく、問題が生じないようにするのである。
問題が生じないから功績の有無さえ目に見えないのである。

そのようなことを黙々とこなしたティベリウスだったが、人気を取ることに気を払わなかった性格から、後年は隠遁して統治を行うようになる。
元老院からは非難の的となるが意に介さない。
ギリシアのペリクレスも、アウグストゥスも、偽善を行えた人であった。
それぞれ民主政・共和政を唱えながら、実態は独裁であった。
話を戻す。
ティベリウスがローマを離れて統治を行えたのは、それだけ平和であったということだ。
平和を維持するだけの仕組みが機能していたということだ。

なお、国防の点では、ライン川・ドナウ川・ユーフラテス川で線を引いていく。
ここで活躍していたのがゲルマニクスであり、彼はアウグストゥスの血縁であった。
ティベリウスの後継はゲルマニクスというのが衆目の一致するところだが彼は若くして死に、彼の子のカリグラがティベリウスの跡を継ぐことになる。
カリガとはローマの軍靴だが、ライン川防衛線の軍団内で幼児期を過ごした彼は小さな軍靴という意味のカリグラがそのまま愛称となった。
若くして皇帝となり、、、若いことは罪ではないが、治世の経験がなかったこともあり、アウグストゥス・ティベリウスのような忍耐もなかった。
ティベリウスが市民に人気がなかったことだけは見ていたために、ティベリウスが行わなかった娯楽スポーツを大盤振る舞いし、次第に財政が行き詰っていく。
外政面でもアルメニア・マウリタニアの動向が危ぶまれるなど失策を重ねる。

帝政になってからは、唯一の権力者が変わるのはその死を待つしかない。
カリグラを“育てた”ライン軍団の指揮官たちがカリグラを暗殺した。
自分の子の不始末のけりをつける、とでもいうように。

カリグラが暗殺されるとクラウディウスが引っ張り出されて皇帝となる。
カリグラの叔父にあたるが、体が弱いこともあり、誰も皇帝になるとは思っていなかった人物である。
本人も自覚があったのだろう、歴史の研究に生涯を費やしていた。
それが高齢になって突然国のトップに立つことになった。
しかし歴史を研究していただけに彼は自分の役割を認識し、カリグラが荒らした統治システム・財政を回復させることに力を注ぐ。
またこの頃は、ティベリウスが選任した人材たちが健在であり、彼らを活用すれば良いという利点もあった。
統治にまじめに取り組んだクラウディウスだったが皇妃となったアグリッピーナに暗殺される。
アグリッピーナが前夫との子ネロを帝位にすえるため、毒殺したのであった。

カリグラは20代で皇帝になったが、ネロは二十歳前で皇帝になった。
国防の面ではあいかわらずパルティア含む東方が重要であったが、コルブロや、のちに皇帝となるヴェスパシアヌスがいたために、大過なく処理はしていた。
彼はギリシア文化に傾倒し、ローマ市民の失笑を買う。
治世の後半にはコルブロをはじめ前線の指揮官を、確たる証拠もなくネロ暗殺の容疑で処刑する。

まず決起したのはガリアであった。
しかしガリアのローマからの独立ではなく、ローマ市民としての決起であったことが興味深い。
ガリアは紛れもなくローマの一部と化していた。
属州の総督も反ネロに立ち、元老院からも「国家の敵」との宣告を受け、近衛軍団も頼ることができずネロは逃亡するが、逃げ切れないと悟り自死する。

ネロの死により、アウグストゥスから始まるユリウス・クラウディウス朝は断絶する。
しかし、元老院は共和制には戻ろうとせず、新たな皇帝を擁する決定をする。
属州総督のガルバがそれであった。
次巻。



メモ。

外交による解決と聴くと、現代人は、その中でもとくに日本人は、平和裡に話し合った末での解決と思ってしまう。だが、軍事力を使って脅した後で握手する、というのも外交である。いや、それこそが最も有効な外交であることは、歴史が証明してくれている。なぜなら人間とは、理で眼を覚ます場合は少ないのに、武力を突きつけられれば眼を覚ますものだからだ。
(文庫版17巻130ページ)
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